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中世文学

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中世文学_第1页
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● 時代背景 ● 文学の動向中世文学概観 ● 中世文学の展開 ● 特質・性格 時代背景:1192年の鎌倉幕府の成立から1603年の江 戸幕府の成立までの約四百年間を中世とい う政権の呼び方で言えば、鎌倉時代から 南北朝時代、室町時代を経て、安土・桃山 時代に及んでいる中世は動乱の時代である保元・平治の 乱に始まり、平氏滅亡、承久の変、南北朝 の抗争、応仁の乱、戦国時代と、まことに 息つく暇も無いくらい戦乱に明け暮れた時 代であった時代背景:動乱によって、それまで権力の中心であった 貴族階級が没落し、かわって、武士階級が政権 を握ったしかもそれは、単なる政権の交替の みにとどまらず、社会・経済・文化などあらゆ る面での変革をもたらしたしかし、いったん 政権を手にした武士階級も、まだ不安定であっ た中世の争乱の多くは、武士階級に対する貴 族階級のまきかえしと、武士階級内部の下剋上 によるもので、中世はつい安定した政権を持た ない、近世へ向けての過渡期の時代であった文学の動向: 動乱と天災から人々はこの世に不安を感じ、その不 安から逃れようとして、宗教に救いを求めたこうし て、新仏教と言われる法然・親鸞・日蓮・道元らの仏 教が、非常な勢いで武士や庶民の間に広まった。

中世 の文化の中で、何らかの意味で仏教の影響を受けてい ないものはない人々のあるものは、混乱したこの世 を避けて山奥に住み、『方丈記』『徒然草』などの草 庵文学と呼ばれる中世特有の文学を生み出したこれ らはいずれも仏教的無常観から人生を見つめており、 動乱の世をいきいきと描いた『平家物語』などととも に、中世を代表とする無常観の文学となっている文学の動向:貴族階級の没落は、文学の面では和歌の衰えとな って現れるこの時期の初めに『新古今和歌集』が 作られたが、それは貴族文学としての古典和歌最後 の輝きであったこの集には、動乱の現実から眼を そむけた唯美的な歌が多く、「幽玄」が理念とされ たしかし、和歌はもはや時代を代表する文芸とは なり得なくなり、勅撰集の撰進もうち切られたそ れに取って代わるのが連歌である文学の動向:連歌は、和歌の余興として中古からすでに行わ れていたが、盛んになったのは中世に入ってから であるそれは次第に芸術化され、「幽玄」を理 念とし、『新撰菟玖波集』が出るに及んで全盛期 を迎えたが、この連歌もやがて形式化し、衰えて ゆく代わって、自由奔放、滑稽卑俗な内容の俳 諧連歌が広く行われるようになり、近世の俳諧へ と発展する。

文学の動向:動乱は、中央と地方との交流を活発にし、地方都 市の発展、庶民文化の向上をもたらした支配権は 武士階級にあり、文化の担い手も貴族階級から武士 階級に移っていたが、新しい階層として庶民階級が 起こってくる中世には、僧侶たちによって多くの 説話集が作られたが、そこにも多く、庶民階級の姿 が捉えられている能楽は、連歌と同じく「幽玄」を理念とし、貴族 的世界への憧れが著しいそれに対し、狂言は、庶 民の感情をよく表している中世は、中古の「もの のあはれ」を受け継いで「幽玄」へと深めながら、 一方では、現実的庶民的な近世文学の誕生を着々と 準備してゆくのである中古文学の展開: ――新(武家)、旧(貴族)の二元的対立の動乱時代 1.鎌倉期(1192~1335の約150年間) ① 伝統文学 和 歌:勅撰集の『新古今和歌集』と私家集『金塊和歌集』(源実朝)その後、八代集のあとを受けた『玉葉和歌集』(十三代集の一つ) 随 筆:『方丈記』と『徒然草』による隠者文学の成立と確立 説話物語:『宇治拾遺物語』『十訓抄』『発心集』など、多数出現 ② 新興文学軍記物語:無常観をとく『平家物語』紀行文学:京と鎌倉の往来の隆盛による『海道記』 『十六夜日記』等。

中古文学の展開:2.南北朝・室町期(1336~1602の約250年間)① 伝統文学 和歌:十三代集のうち『風雅集』が目立つ程度歴史物語:史論書として慈円の『愚管抄』と北畠親房の『神皇正統記』(南朝の正統を説く)五山文学:京・鎌倉の五山の僧を中心にした漢文学の隆盛 中古文学の展開:② 新興文学軍記物語:南北朝の動乱の歴史を描く『太平記』連歌:和歌の衰退により隆盛、やがて庶民的な俳諧連歌を発生させた謡曲:観阿弥・世阿弥父子により、能楽の詞章である謡曲が発達狂言:写実的な演技による世相風刺の滑稽な喜劇の出現御伽草子:鎌倉時代の擬古物語の後を受けて、中古の物語文学と近世の小説〈仮名草子〉の橋渡し的な通俗短編作品集の登場吉利支丹文学:キリスト教の伝来により興る口語のローマ字書き 特質・性格: (1)幽玄・有心中古の「もののあはれ」を発展させた優雅さと 奥深くものの寂びたものとの融合美をめざした 藤原俊成はそれを幽玄とし、息子定家は有心と 名づけた2)新旧文化の対立・結合伝統的な貴族文化と新たに地方に興った庶民 文化の結合の上に形成3) 隠者文学没落貴族らが草庵の隠遁生活の中から生み出した文学形態。

(4) 諸行無常・因果応報の仏教思想戦乱の世相を反映し、軍記物語や説話物語の仏教説話の中にこれらの思想が色濃く、現われた (5) 集団文学(座)の傾向軍記物語や連歌など、共同で製作する傾向の文学が生じた特質・性格:9 『新古今和歌集』の世界撰者源通具・藤原有家・藤原定家・藤原家隆・ 藤原雅経・寂蓮法師成立後鳥羽院の院宣による元久二年(1205)成立内容歌数約1980首.20巻歌風①幽玄体を進め、有心体を理想 ②絵画的・象徴的手法による寂寥感、叙情、余韻を有する ③本歌取り・体言止めが発達 ④初句・三句切れ・七五調が中心代表 歌人西行の94首を最高に、慈円・藤原良経・俊成・式子内親王 ・定家・家隆・寂蓮・後鳥羽院など◇勅撰集の歴史 10 連歌とその周辺 (1)連歌和歌の上の句と下の句を別々に詠み合う形式鎌倉初期に発達、室町期に隆盛 後鳥羽院のころ、無心連歌(栗本派➝滑稽中心)と有心連歌(柿本派➝優雅中心)が対立競合 書名作者(撰者)内容菟玖波集二条良基・救済 撰連歌最初の準勅撰集新撰菟玖波集飯尾宗祇撰連歌の大成心敬・宗砌ら新撰犬筑波集山崎宗鑑撰俳諧(滑稽・おどけ)の連歌の主 唱水無瀬三吟百韻宗祇・肖柏・ 宗長後世の連歌師から尊重され た。

筑波問答二条良基連歌論の初めささめごと心敬連歌の幽玄を説く吾妻問答宗祇連歌の作法を説く守武千句荒木田守武守武の独吟(2)歌謡「宴曲」(鎌倉期、宴席で歌われた)「小歌」(室町期、庶民の間で隆盛)『閑吟集』が代表作11 軍記物語の世界* 英雄の悲劇的運命を描く * 多くは和漢混交文である a=[軍記物語]の先駆的作品 b=琵琶法師の「平曲」によって語られた一大叙事詩の世界仏教的無常観を基底に平家一門の栄枯盛衰を描く作者は、信濃前司行長が有力 c=南北朝50年の動乱を題材武士道精神の 主張によりやや教訓的作者は、小島法師と言われるが共同制作されたと見るべきである12 中世の物語文学 (1) 説話物語 ① ① 世俗説話 宇 『宇治拾遺物語』(作者不明)15巻『今昔物 語集』との重複が多い 『十訓抄』(六波羅二﨟左 衛門入道編3巻。成立は建長4年(1252)年少者に 善を勧めるために、十項目の教訓を掲げ、それぞれに 例話を示したものである。?)『古今著聞集』(橘成季)20巻建長6年(1254 )成立王朝時代を懐古する話が多い。② ② 仏教説話『宝物集』(平康頼) 『発心集』(鴨長明) 『撰集抄』(西行?) 『沙石集』(無住法師)中世の物語文学(2)歴史物語① 歴史物語の正統を継ぐもの(四鏡)『水鏡』(鎌倉期)・『増鏡』(室町期) ② 史論・史書と見られるもの『愚管抄』(慈円。

鎌倉期)仏教的世界観に基づいて王朝時代の政治の正しさを主張する。 『神皇正統記』(北畠親房室町期)南朝の正統を主張した史論3)作り物語① 擬古物語(鎌倉期中古物語の模倣)『住吉物語』『松浦宮物語』『苔の衣』『岩清水物語』 ② 御伽草子(室町期仮名草子への架橋)『秋の夜長物語』『文正草子』『一寸法師』『酒顛童子』13 隠者の文学――長明と兼好―― 成立建暦2年(1212)、60歳の時主題無常の世に生きる詠嘆内容序(主題)・天変地異の体験・閑居の 叙述という、整然とした構成 文体華麗な和漢混交文体 対句・比喩・漢語・仏教語の多用長明の他の作品として、歌論『無名抄』、仏 教説話集『発心集』がある (1)『方丈記』 鴨長明(僧名、蓮胤) (2)『徒然草』吉田兼好(本名、卜部兼好) 成立元徳2年(1330)頃50歳頃主題無常の世についての知恵内容老荘・儒教思想・尚古趣味論 求道・処世・自然観照を興のまま書き綴る文体平安朝の雅文体を基調とする◇古典三大随筆中古の『枕草子』『方丈記』『徒然草』 (1) 日記・紀行a『海道記』『東関紀行』 b『十六夜日記』(阿仏尼) c『とはずがたり』(後深草院二条) d『建礼門院右京大夫集』(藤原伊行の女)a=京・鎌倉の往来の隆盛によって発生。

b・c=日記と紀行の両性格を持つ d=日記風の歌集平資盛との悲恋14 中世の日記・紀行と戯曲① 能楽―観阿弥・世阿弥父子が大成させた詞章(謡曲)、音曲(囃)、所作(舞)の三要素から成る 謡曲の主なもの➝高砂・羽衣・忠度『風姿花伝』(『花伝書』)世阿弥幽玄(花)を美とする能楽論 ② 狂言―室町時代に成立能楽の滑稽を旨とした部分。 能と能との合間に寸劇として演じられた。 ③ 幸若舞―室町末期に盛行した、簡単な舞を伴う謡いものその詞章を集められたものを『舞の本』という。浄瑠璃や歌舞伎に影響を及ぼした。(2)能楽(謡曲)・狂言―戯曲の誕生藤原定家藤 原 家 隆夫和歌者、群徳之祖、百福之宗也玄象 天成、五際六情之義未著、素鵞地静、三十 一字之詠甫興爾来源流寔繁、長短雖異、 或抒下情而達聞、或宣上徳而致化、或属遊 妻而書懐、或採艶色而寄言誠是埋世撫民 之鴻徽、賞心楽事之亀鑑者也是以聖代明時、集而録之各窮精微、何 以漏脱然猶崑嶺之玉、採之有余鄧林之 材、伐之無尽物既如比、歌亦宜然夫れ 和歌は、群徳の祖、百福の宗なり新古今和歌集―真名序(接下页)玄象天成なり、五際六情の義未だ著れず、素鵞の 地静かに、三十一字の詠甫めて興る。

爾来源流寔に 繁く、長短異なりと雖も、或は下情を抒べて聞に達 し、或は上徳を宣べて化を致し、或は遊宴に属りて 懐を書し、或は艶色を採りて言を寄す誠に是理世 撫民の鴻徽、賞心楽事の亀鑑なる者なり 是を以て聖代の明時、集めて之を録す各精微を 窮む、何を以てか漏脱せむ然れども猶崑嶺の玉、 之を採れども余り有り鄧林の材、之を伐れども尽 くること無し物既に此の如し、歌も亦宜しく然る べし新古今和歌集―仮名序やまとうたは、昔あめつち開けはじめて、人のし わざいまだ定まらざりし時、葦原中国の言の葉とし て、稲田姫素鵞の里よりぞつたはりけるしかあり しよりこのかた、その道さかりに興り、その流れい まに絶ゆることなくして、色にふけり、心をのぶる なかだちとし、世をおさめ、民をやはらぐる道とせ り かゝりければ、代ゝのみかどもこれを捨てたまは ず、えらびをかれたる集ども、家〃のもてあそびも のとして、詞の花のこれる木のもとかたく、思ひの 露もれたる草がくれもあるべからずしかはあれど も、伊勢の海きよき渚の玉は、ひろふとも尽くるこ となく、泉の杣しげき宮木は、ひくとも絶ゆべから ずものみなかくのごとしうたの道またおなじか るべし。

本歌取り 後鳥羽院「祇園精舎の鐘の声、。

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